
ついにというか、やっとというか、待っていましたというか、この時がきたかというか…
この度、第一子が無事生まれました!
妊娠期間中、奥さんのおなかの成長と身体の変化を感じながら、検診の度に撮ってもらえるエコー写真で実際の成長過程を見ることで、おなかの中にいる頃から「もう誕生している」ように一緒に生活してきたから、やっと出会うことができてすさまじく嬉しい。
生まれた直後に赤ちゃんと初めて対面することになったときのこと--
産まれた直後、あまり元気がないと診断された赤ちゃんが保育器に入ることになったと知らされた後、無事で生まれてくることはどれだけ奇跡的なことで、そして、無事生まれただけで安心できるものではないと知った。
母子が頑張っている時に祈ることしかできない私は一人、赤ちゃんが保育器へ向かうルートの途中にある待合室で待機させられていた。
1時間近く待っていると、音が鳴りエレベータが到着したことを知らせ扉が開いた。
看護師二人が赤ちゃんを乗せたカートを押して私のもとに向かってくる。
私は扉から出てきた赤ちゃんのもとにまるで取引先の社長でも迎えるかのような素振りで速足で駆け付けた。
そして赤ちゃんの存在をしっかりと目に焼き付けるつもりで見ると
意識が朦朧として手術室へ向かう患者のような表情で、風邪をひいて身体が寒い時みたいに身体を小さく丸めていた。
そんな中で、看護師の一人が「写真撮られませんか?」と声をかけてくれたが、
瞬発的にそんなことする暇があるなら早く保育器に入れてあげた方がいいんじゃないの?と思った。
それでもよく考えれば、このときが赤ちゃんとの初対面だし、看護師だって写真撮影するくらい問題ないから勧めている。
考え直して、やっぱり記念に赤ちゃんとツーショットを撮ってもらうことにした。
数日経ち、赤ちゃんは保育器から出られることになった。
この時、担当医師から今の赤ちゃんの状況なんかを説明してもらうのだが、この医師にはヒヤッとさせられた。
この医師はこの時、結局最後に「大丈夫なので明日から同じ病室で過ごしていただけます」と言うのだが、話し始めから最後まで話辛いこと言う時のような顔をして、声のトーンがとても暗いのだ。
だから、夫婦揃って赤ちゃんに絶対よくない事が起こったんだ「終わった...」と思っていたくらいだ。すごくドキドキしたので、あんまり紛らわしいことはしないでほしいな。
そんなこともあり、やっと妻と同じ病室で過ごせることになったので私も妻もとても嬉しかった。(心の底からまじで嬉しく安心した感じ)
母子が同じ病室になる前、面会に行くたびにガラス越しから見た保育器の中の赤ちゃんは、必死に呼吸を整えているように見えた。
その時の抗いのような、生命力は赤ちゃんが自分で発したエネルギーだった。
保育器から自力で出たんだ。
だから「がんばったな、すごいぞ!」と赤ちゃんの頑張りを心から祝福した。
それからは特に問題は起こらず、予定通り退院日が訪れた。
赤ちゃんは、初めて日差しを顔に浴び、初めて車に乗り移動をして、初めて我が家の入口をくぐり、私達家族全員にとって初めての家族三人生活が幕を開けた。
思うと、生まれる前から出産に合わせて、少しずつ日常は変化していた。
それは長年夫婦二人で好きな時に好きなように過ごしてきた私達にとって苦しさを伴うことも多い日々でした。
しかし、人から聞いた話によると「生まれた後はそんなこと比にならないくらい自由なんかない」らしく、こんな私達に仕事も家庭もある程度の水準で営めるだろうかと不安で仕方がありません。
それでも、家族や友達、私がファンでありますアフロ田中さん宅の子育てや、様々な作家さんの赤ちゃんについてのお話などを見聞きして勉強しながら、無理しない程度にがんばろうと思う。
ボリー、家族編スタートって感じかな。
とにかく赤ちゃん
無事に産まれてくれてありがとうよ!

